今回、当サイト「れきたん」立ち上げを祝して絵を描くのが好きな知人が、古代東アジアの四神信仰(しじんしんこう)ゆかりの「四神図」4点セットを描いてくれた。
高句麗(コグリョ)壁画古墳や奈良・明日香(あすか)の高松塚古墳やキトラ古墳などの写真資料をもとに描いたとか。
「四神(しじん)」といえば、昨年、NHK地上波でも放送した韓国ファンタジー歴史劇『太王四神記(テワンサァシンギ)』のモチーフにもなっていた。「四神」とは、想像上の四つの聖獣(くれぐれも”性獣”ではない…)のこと。
古代東アジア地域の先人たちは、東西南北四つの方角を守る守護神が存在すると考えた。
北面の玄武(げんぶ)、南面の朱雀(すざく)、東面の青龍(せいりゅう)、西面の白虎(びゃっこ)だ。
古代朝鮮王朝の高句麗(コグリョ)は、5世紀初めの最盛期、新しく定めた王都・平壌(ピョンヤン)を”四神相応(しじんそうおう)の地”と名付けたという。時代下って8世紀末、日本のヤマト政権は新しく遷都した平安京(現・京都)の地をやはり”四神相応の地”とピーアールした。
この「四神思想」は、のちのわが国の風俗習慣のなかに大きな影響を与えている。相撲の土俵の上にぶらさがっている黒房、赤房、青房、白房といい、幕末・会津の白虎隊(びゃっこたい)のネーミングといい、非常に意味深(イミシン)だ。
今日では、高校生向けの歴史教科書でさえ、飛鳥文化に続く白鳳文化(はくほうぶんか)の説明で「高松塚古墳壁画に高句麗の影響が認められる。」と明記しているほど。
以下、上から順番に「玄武」「朱雀」「青龍」「白虎」の絵であるが、色彩、ディテールなどは、あくまで描き手の想像力とオリジナリティが加わっている。実際の古墳内部に描かれた壁画そのものではないことを明記しておく。これらオリジナル四神図は、東洋独特の色彩感覚を出すため、「顔彩(がんさい)」という絵具を使ったとのことだ。
(ちなみに。「青龍」のキーカラーは現代人の感覚だと緑色だが、古代人は緑色を「青色」としていた。現代社会でも、交差点の信号の青信号は正確には緑色なのに「青信号」と呼ぶ感覚に近い。)
北面の守護神・玄武(げんぶ)
南面の守護神・朱雀(すざく)
東面の守護神・青龍(せいりゅう)
西面の守護神・白虎(びゃっこ)
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