神頼みも 世界共通の 応援のカタチ
ワールドカップもいよいよ佳境。人類の故郷、アフリカの大地が舞台という記念すべき大会だ。
今回の大会は歴代優勝経験国が地区予選を突破してすべて顔をそろえた。その反面、その優勝経験国の代表チームがグループリーグで四苦八苦したり敗退している、というのも今大会の特徴だ。前・日本代表監督のオシムさんの予言(?!)ではないけど「もはや強豪国が負けてもサプライズではない」のか。
日本代表も海外開催の大会で初めてグループリーグを突破して新たな歴史をつくった。本場ヨーロッパ諸国のクラブチームに所属する選手とJリーグ所属選手との融合の賜物(たまもの)だ。”サッカーをわかっていない日本人”には過ぎた代表チームだ。とはいえ、世界のなかで見れば、わが日本代表もまだまだチャレンジャー。チャレンジし続けるから成長もある。しかし、冷静に見れば、この国の社会にはまだサッカーが根付くには至っていないのも事実。とくに伝える側の人たちはもっと世界のサッカー文化について学んでほしい。野球を見る目でサッカーを見てどうするの!? …各TV局などに解説者として招かれているサッカー関係者の人たちが、見ていて気の毒になる。
サッカーに限ったことではないが、わが国は社会のなかでのスポーツの位置づけが未熟だ。代表チームが勝っているうちは誰もがそれを利用するし利用したがる。負けてしまえば見向きもされない。しかしそんなことの繰り返しでは社会に根づかないでしょ。おいしい果実だけを求めてもダメさ。豊かな収穫を望むなら、根を地中深く張りめぐらせ、肥料や水をやって愛情込めて育てていくことが必要だろう。
『歴探コラム』のエントリ


