愛用の代表レプリカシャツ。2000年シドニー五輪ごろのモデル
7月22日は「日食フィーバー」だったねえ。地元の新聞でも「皆既日食46年ぶり」「今世紀最長6分44秒」などと一面記事で大きく扱っていた。
ところで、太陽のなかにカラスくんがいるとか、月のなかにウサギちゃんがいるとかいう見方は、わが国が誕生するずっと以前からあった。同じアジアのなかで少し視野を広げてみればわかる。その代表格が2004年に世界遺産に登録された高句麗(コグリョ)の壁画古墳だ。描かれたのは3世紀から7世紀にかけて。埋葬者が安置された玄室の天井の中心に星座が、東側に太陽が、西側に月が、それぞれ描かれている。そして太陽のなかには三本足のカラスが描かれているのだ。三本足のカラスは中国の古書やわが国の紀州和歌山の熊野三山の神事にも登場する。しかし近年最も説得力があるのは高句麗王家のシンボルマークだったという事実だ。紀元前、北東アジアで高句麗を建国した人々は始祖・東明聖王(トンミョンソンワン、通称・朱蒙(チュモン))の偉業をしのぶため、その守護神だった三本足のカラス、三足烏(サムジョゴ)を「太陽神」、「神の使者」として崇拝し、「太陽のなかに三本足のカラスが棲む」という信仰を脈々と持ち続けた。壁画には三本足のカラスは太陽を表す円のなかに描かれている。千何百年の歳月のなかで色あせてはいるが、もとは赤褐色か朱色系統の色彩で彩色されていたらしい。これって「日の丸」のモデルじゃないのお!?
わが国で「日の丸」を使い始めたのはいつだ? 「日本」という国号で国家デビューを果たして以後だから早くても8世紀以降だろう。古事記や日本書紀(略して「記紀」)が作られたのもその当時だ。記紀を編纂したヤマト政権は、三本足のカラスがかつて高句麗王家の象徴だったことを知っていたはずだ。
高句麗の人々は天体や気象、星座について深い信仰と知識、造詣を持っていたという。日食グラスを空にかざして一喜一憂する我々も、無意識のうちにその伝統を受けついでいるのかも知れない。
昔は天変地異の前触れかと恐れられた日食も、今や天体ショーの見世物となった。一方、カラスはすっかり街なかの鳥になり、住宅街では生ゴミをあさり散らかす嫌われ者に。思えば日食もカラスも似ている。それを吉ととるか凶ととるか。それは、その人がその時代のなかで置かれた立場によって異なるようだ。
おっと! わすれちゃいけねえ。来年はW杯イヤーだ。おなじみのジャパンブルー。代表選手たちが身にまとうユニフォームの左胸に注目! 三本足のカラスくんは「ゴールに導く神の使い」としてJFA日本サッカー協会のエンブレムにもなっている。代表に選ばれる選手たちには、アフリカの大地で思いっきり羽ばたいてほしい。これは一サッカーファンとしての願い。
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